NANTAN秋まつり 2011 無事終了しました

前日は、天気が悪くとても心配でしたが、何とか雨は降らず開会を迎えることができました。
地元の方々のあいさつです。
開会式はふるさと丹波路の会場のほうで行われました。

地元の埴生太鼓の皆さんによる開会での演奏です。
昨年の第1回目の開催の時からお世話になっています。
ここからは、会場の様子をお伝えします。

地元在住の会員生産者による焼き鳥販売の様子。

無農薬の日本茶の販売。こちらは、交流の家会場です。

城陽酒造さん。おいしいお酒類の販売です。

車のカフェも出店していました。

もちつきも行われ、多くの人が並んでいました。
会員外の方もたくさんおられました。

ふるさと丹波路さんが、近くの畑でやっている「さつまいも堀り、落花生掘り」体験を
この秋まつりでもたくさんのお客さんに行っていただけました。

地元の方による、わら細工のワークショップもありました。

南丹交流の家会場では、敷地内に今年できた石釜で焼いたピザの販売がありました。

交流の家会場の室内の様子です。古民家なので、ふすまを開け放つととても広くなります。
トマトまつり 2011
7月23日・24日の2日間
毎年恒例の南丹市での「トマトまつり」が開催されました。
お天気にも恵まれ、少し風が吹いて夕方には涼しすぎるくらいでしたが、
たくさんの消費者の会員の皆さんが集まり楽しくおいしく時を
すごすことができました。
23日(1日目:夕方よりバーベキュー)

生産者のおいしい夏野菜や午前中にさばいた地元の平飼いにわとりの鶏肉、シカやイノシシ肉のバーベキュー

子供たちは、生産者のトラックに乗って遊んだり、大人とおいかけっこをしたり
そばに流れる山からの水で遊んだりと、とても元気にはしゃいでいました。
24日(2日目:トマト栽培のビニールハウス見学、そうめん流し、スイカ割り)

写真左にいるのが生産者のYさん。参加者に無農薬トマト栽培の説明中。
平飼いの鶏の卵やお米、野菜を出荷しておられます。

みんなでもぎたてトマトを食べてます。

そして、そうめん流し!!
写真右は、下流ゾーン。背の小さな子どもたちを中心にみんなそうめんの到着をまっています。

最後にみんなでスイカ割りです。
毎年恒例の南丹市での「トマトまつり」が開催されました。
お天気にも恵まれ、少し風が吹いて夕方には涼しすぎるくらいでしたが、
たくさんの消費者の会員の皆さんが集まり楽しくおいしく時を
すごすことができました。
23日(1日目:夕方よりバーベキュー)

生産者のおいしい夏野菜や午前中にさばいた地元の平飼いにわとりの鶏肉、シカやイノシシ肉のバーベキュー

子供たちは、生産者のトラックに乗って遊んだり、大人とおいかけっこをしたり
そばに流れる山からの水で遊んだりと、とても元気にはしゃいでいました。
24日(2日目:トマト栽培のビニールハウス見学、そうめん流し、スイカ割り)

写真左にいるのが生産者のYさん。参加者に無農薬トマト栽培の説明中。
平飼いの鶏の卵やお米、野菜を出荷しておられます。

みんなでもぎたてトマトを食べてます。

そして、そうめん流し!!
写真右は、下流ゾーン。背の小さな子どもたちを中心にみんなそうめんの到着をまっています。

最後にみんなでスイカ割りです。
11月21日 山仕事入門
11月21日、晴れ。
早朝、京都から亀岡に入る辺りで前方の山に厚い霧が立ちこめ、
目の前には見たことのないような美しい光景が広がりました。

しばらくすると車は霧にすっぽりと包まれ、視界もこのとおり。
亀岡の霧は有名で、霧が出ると必ず晴れるらしく、この後はきれいに晴れ渡りました。

この日、吉野から山守の小西祥充さんをお迎えし、山仕事についていろいろなお話を聞きました。

吉野で杉の植林が始まったのはいまから500年程前、室町時代のこと。
吉野の森林は大半が民有林で、所有者である「山持」の山を、
「山守」がトータルに管理する制度が古くから伝わっています。
山守の制度が始まったのがいつ頃なのか、定かではないそうですが、
おそらくこの植林が始まったころではないかといわれています。
吉野の植林のやり方は「密植」です。
ふつう一町歩に3,000本のところが、ここ吉野では10,000~13,000本にもなるのだそうです。
だいたい鍬の長さくらいの間隔(50㎝弱)で植えていきます。
横に枝が張ると、幹に栄養がいかなくなり、下草が生え過ぎても困ります。
密植することにより、年輪が詰まって強度のある美しい材木が育つのです。
吉野の杉が高級木材として知られるのもそのためです。
林業で木を植えるのに一番よいのは北向きの斜面。次に東向き、その次が西向き、そして最後が南向き。
つまり太陽のあたらない斜面がよいとされます。
陽にあたろうとして、木が太らず上に上に伸びていくからです。
苗がまだ小さい時には下草を刈ったり蔓払いを、生長してきたら、間引きや枝打ちをします。
土壌に栄養がなくなるので下草は絶えないようにします。
少しずつ作業をするのが基本だと、小西さんは仰ってました。
昔なら枝打ちした木も畑で使用されるなど需要があったので、そこで得たお金で
次の作業をすることが出来ました。
今では山から材木を運び出すだけでも費用がかかり、百年ものなら別ですが、
生長過程の木では採算が取れないのだそうです。
捨て木や間伐は補助金に頼らざるを得ず、そもそも山の収入だけでは山を管理できない
というのが現状です。
補助金をとるためにやっている行程もあり、どうなのかなとの思いになるそうです。
林業に携わる人はどうすれば木がもっと高く売れるかを考え、
かたや都会に暮らす人は環境保全やレジャーとしての使い方を考えます。
代々山守の家に育ち、吉野を離れて別の仕事をしていた小西さんは「林業目線」と「都会目線」
のズレを感じ、もっと山自身のこと、自然自身のことを考えなくてはいけないのではないか
と思うようになったそうです。

人工林は放置しておくと荒廃するため、手を入れ続けなくてはなりません。
林業は危険な仕事であり、後継者問題も抱えています。
材木に高値がつく時代は過ぎ、国産材は安価な外材におされ、
需要が供給を大幅に下回っているのが現状です。
しかしそんな今だからこそ、これから何か新しいことが出来るフィールドであることを
小西さんは語ってくれました。
最後に、山に関心を持つことからはじめてほしい、ぜひいろいろな意見を聞かせてほしい
と仰っていました。

お昼ごはんの後は、いよいよ山仕事実践です。

山仕事の道具はたくさんあります。
奥に見えているのは鉈(なた)。大小さまざまなデザインがありました。

みんなで手つなぎ工房裏の山に向かいます。

スギやヒノキ、アカマツなどが生えています。
木々を見ながら、小西さんが山の状態について説明してくださいました。

スギ

ヒノキ

とてもかわいい実です。(左:スギ、右:ヒノキ)

さらに登ったところでは人工林と天然林が混在していました。
計画的な人工林が自然の厳しい淘汰の中で育まれた天然林と共生することで、
相乗効果が期待できるのではないか。
そんなことを仰っていました。

山を見学した後は銀杏の林の手入れです。
鉈をつかって、幹を傷つけないように注意しながら枝打ちしていきます。

銀杏林オーナーのヨージさんは、ここで子どもたちが走り回れるようにしたいのだそうです。
10列くらいはあるので、ものすごく面白い遊び場になりそうです。

銀杏林を出ると一際鮮やかな紅葉が目に入りました。

最後は古民家にも戻り、感想などを語り合いました。
参加されたみなさんそれぞれにとても充実した一日だったようです。
みなさん、ありがとうございました。
早朝、京都から亀岡に入る辺りで前方の山に厚い霧が立ちこめ、
目の前には見たことのないような美しい光景が広がりました。

しばらくすると車は霧にすっぽりと包まれ、視界もこのとおり。
亀岡の霧は有名で、霧が出ると必ず晴れるらしく、この後はきれいに晴れ渡りました。

この日、吉野から山守の小西祥充さんをお迎えし、山仕事についていろいろなお話を聞きました。

吉野で杉の植林が始まったのはいまから500年程前、室町時代のこと。
吉野の森林は大半が民有林で、所有者である「山持」の山を、
「山守」がトータルに管理する制度が古くから伝わっています。
山守の制度が始まったのがいつ頃なのか、定かではないそうですが、
おそらくこの植林が始まったころではないかといわれています。
吉野の植林のやり方は「密植」です。
ふつう一町歩に3,000本のところが、ここ吉野では10,000~13,000本にもなるのだそうです。
だいたい鍬の長さくらいの間隔(50㎝弱)で植えていきます。
横に枝が張ると、幹に栄養がいかなくなり、下草が生え過ぎても困ります。
密植することにより、年輪が詰まって強度のある美しい材木が育つのです。
吉野の杉が高級木材として知られるのもそのためです。
林業で木を植えるのに一番よいのは北向きの斜面。次に東向き、その次が西向き、そして最後が南向き。
つまり太陽のあたらない斜面がよいとされます。
陽にあたろうとして、木が太らず上に上に伸びていくからです。
苗がまだ小さい時には下草を刈ったり蔓払いを、生長してきたら、間引きや枝打ちをします。
土壌に栄養がなくなるので下草は絶えないようにします。
少しずつ作業をするのが基本だと、小西さんは仰ってました。
昔なら枝打ちした木も畑で使用されるなど需要があったので、そこで得たお金で
次の作業をすることが出来ました。
今では山から材木を運び出すだけでも費用がかかり、百年ものなら別ですが、
生長過程の木では採算が取れないのだそうです。
捨て木や間伐は補助金に頼らざるを得ず、そもそも山の収入だけでは山を管理できない
というのが現状です。
補助金をとるためにやっている行程もあり、どうなのかなとの思いになるそうです。
林業に携わる人はどうすれば木がもっと高く売れるかを考え、
かたや都会に暮らす人は環境保全やレジャーとしての使い方を考えます。
代々山守の家に育ち、吉野を離れて別の仕事をしていた小西さんは「林業目線」と「都会目線」
のズレを感じ、もっと山自身のこと、自然自身のことを考えなくてはいけないのではないか
と思うようになったそうです。

人工林は放置しておくと荒廃するため、手を入れ続けなくてはなりません。
林業は危険な仕事であり、後継者問題も抱えています。
材木に高値がつく時代は過ぎ、国産材は安価な外材におされ、
需要が供給を大幅に下回っているのが現状です。
しかしそんな今だからこそ、これから何か新しいことが出来るフィールドであることを
小西さんは語ってくれました。
最後に、山に関心を持つことからはじめてほしい、ぜひいろいろな意見を聞かせてほしい
と仰っていました。

お昼ごはんの後は、いよいよ山仕事実践です。

山仕事の道具はたくさんあります。
奥に見えているのは鉈(なた)。大小さまざまなデザインがありました。

みんなで手つなぎ工房裏の山に向かいます。

スギやヒノキ、アカマツなどが生えています。
木々を見ながら、小西さんが山の状態について説明してくださいました。

スギ

ヒノキ

とてもかわいい実です。(左:スギ、右:ヒノキ)

さらに登ったところでは人工林と天然林が混在していました。
計画的な人工林が自然の厳しい淘汰の中で育まれた天然林と共生することで、
相乗効果が期待できるのではないか。
そんなことを仰っていました。

山を見学した後は銀杏の林の手入れです。
鉈をつかって、幹を傷つけないように注意しながら枝打ちしていきます。

銀杏林オーナーのヨージさんは、ここで子どもたちが走り回れるようにしたいのだそうです。
10列くらいはあるので、ものすごく面白い遊び場になりそうです。

銀杏林を出ると一際鮮やかな紅葉が目に入りました。

最後は古民家にも戻り、感想などを語り合いました。
参加されたみなさんそれぞれにとても充実した一日だったようです。
みなさん、ありがとうございました。
10月24日収穫祭1加工場

収穫祭が行われました。各地の生産者・消費者・専従が世代と男女を問わず一堂に集いました。
充実した稀有な場所と空間でした。
■■加工場■■


加工場の中も大忙しです。
■■風景■■

加工場前広場では会の生産者の出店が行われました。
■■出店■■

出雲からはわざわざ木次乳業が駆けつけてきてくださいました。木次のチーズと牛肉をつかったイベント限定ブラウンスイスチーズバーガーです。

同じく奥出雲から葡萄園

地元園部の生産者は焼き鳥と炊き込みご飯。右の尾崎零さんは家の光協会から本を出版しています。
![]() | 自立農力―保障なき時代をどう生きるか?有機農業者からのヒント (2008/05) 尾崎 零 商品詳細を見る |
■■新米によるもちつき■■

新米をつかってもちつきも行われました。地元で江戸時代から13代続く会生産者の谷口さん。

地元埴生唯一の専業農家で会員生産者の湯浅さん

ここ南丹の会生産者の有機米を使った日本酒を造っている京都の城陽酒造。右の方は安全農産供給センターの取締役でもあります。

国産大豆を使った豆腐をつくっている京都のあらいぶきっちん

大阪枚方の国産小麦と天然酵母のパン屋さんpan de papa

フェアトレード有機コーヒー豆の京都グリーンアイズ。それにとどまらずここの自家製焙煎は本物です。有名な京都ミヤマの○○や河原町三条のロクヨウシャ地下より自信があるとか。確かにコクがありキレがあっておいしいです。毎日焙煎しており、今日出店のため焙煎を休むのが悔しいそう。
![PA240093_convert_20101027202128[1]](http://blog-imgs-42.fc2.com/s/o/n/sonobenantan/20101027203635b9fs.jpg)
無添加スィーツの京都小菊亭

愛媛からわざわざかけつけてきてくれた愛媛有機農産は柑橘類を出店

滋賀県のかたぎ古香園は農薬を使わないお茶の試飲・販売


熊本からははんのうれんの水俣産の農水産加工品おなじく水の子会のレンコンの加工品

地元本梅地区からはおはぎと黒豆入りおにぎり。おにぎりは人気ですぐ売り切れました。

長野のさんさんファームはソーセージや豚の丸焼きも



使い捨て時代を考える会の有志の加工部からは、手作りバジルソースの試食と粕漬け

会の自ビールクラブからは自家製ビールの試飲。右が自ビールクラブのリーダーで会の創設者の槌田さんです。

三重県芦浜産直出荷組合からはマグロの解体実演と鉄火丼・サバ寿司・さんま寿司



会の農業体験農場この指とまれ農場からは旬の根菜汁とふかしイモ。管理をしている鈴木ファームのナカイさんです。


右が鈴木ファームの鈴木さん。
■■記念写真■■

終わりに加工場でとった集合写真です。みんな笑顔です。
■■風車■■

周辺の道路には風車を置きました。こどもが喜んでいました。
10月24日収穫祭2古民家

南丹市埴生集落での古民家・加工場・直売所「ふるさと丹波路」の位置はこうなっています。
■■古民家■■
古民家でもイベントが行われました。

■トイレ■

牛を飼っていたところもトイレとして改造が終わりました。
■移動カフェ■

オーガニックカフェとスィーツのはぶさんなっつの移動カフェ
■出店■

フェアトレードの雑貨を扱う第三世界ショップ

人に優しいスキンケア用品の滋賀・彩生舎

古民家前の公民館庭ではフリーマーケットも行われました。

同じくフリーマーケットの出店の方。
■■都市と農村との交流■■

農文協さんも書籍を出張販売。手に持っている本は宮本常一の農文協から出版された近刊。ジャーナリストの佐野眞一の掘り返しによって静かなブームが起こっています。
![]() | 宮本常一とあるいた昭和の日本〈11〉関東甲信越〈1〉 (あるくみるきく双書) (2010/09) 田村 善次郎 商品詳細を見る |
![]() | 旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三 (文春文庫) (2009/04/10) 佐野 眞一 商品詳細を見る |
![]() | 忘れられた日本人 (岩波文庫) (1984/01) 宮本 常一 商品詳細を見る |
■蔵にオブジェ■

蔵にオブジェとして置いてみました。雰囲気が出たでしょうか?
■ランプシェード■

灯りは和紙でつつんでランプシェードとしてみました。会員の手作りです。
■村の古老の昔話■

地元園部の昔話を町の古老がしてくれました。昔学校の先生だったそうです。

こどもも大人も聞き入ります。

手製の絵本で昔話を行いました。二人の地蔵は地元埴生のお地蔵さま
■歴史体験ウォーク■

これが実物の二人のお地蔵様。ねむた地蔵とおきた地蔵です。ハブの宿で泊まった旅人がぐっすりねむれるように、またあくる朝目覚めが良いように、祈った二つの石の塔です。江戸時代は、丹波古道の宿場町として埴生は栄えました。歴史体験ウォークも同時に行いました。

江戸時代には、伊能忠敬もこの埴生には宿泊したそうです。その本陣跡にお住まいの野々口さんより、そのころから伝わった槍と弓を見せていただきました。

槍と弓です。

戦国時代は明智光秀の有力な武臣の野々口西蔵坊の城跡があります。石碑は古民家の裏山にある埴生城主の碑です。

インテリ明智光秀の治下だったからでしょうか。埴生の寺最福寺は禅、只管打座、『正法眼蔵』で有名な道元の曹洞宗です。
■茶の精神■

古民家の中ではお茶もふるまわれました。野点として行われる予定だったのですが、天気が悪く残念です。
■わら細工■

しめ縄作りなど、わら細工コーナー。都市と農村との交流の一環。
■竹細工■

竹細工コーナー。写真は地元直売所「ふるさと丹波路」のリーダーの方々。

地元の人たちとの交流が進みます。
■■風車ロード■■

周辺の道路は風車ロードとしてみました。






