6月5日「継ぐのは誰か?」シンポジウム

右の二人は研修生です

上高山集落がある場所です。琵琶湖の北の方、奥琵琶湖です。

松本さんは、専業で農家をやっていましたが、農村高齢化に伴い耕作放棄がめだつ中で、10年前農業生産法人を立ち上げ、周囲の農地の6割を借り、新たな農業運営を模索しています。3年前には「どっぽ村」を立ち上げ、研修生の受け入れを始めました。ここ埴生と同じように加工場を作り、ゲストハウスを設けています。

ゲストハウスです。
![kyoten[1]](http://blog-imgs-42.fc2.com/s/o/n/sonobenantan/20100701202259f98s.jpg)
拠点施設です。

どっぽ村イメージ図です。

どっぽ村がチャレンジしようとしていることです。

では「どっぽ村」とは何なのでしょうか?
松本さんに言わせると、「どっぽ村というのは一体全体、なんですんや?とよく聞かれるんですけど、僕は、人の集まりですんや、としかよう言わんですね(笑)」と言います。
不思議な言葉です。もちろん「どっぽ」とは「独歩」の意味です。それはどういうものなのでしょうか?
■どっぽ村とは?■
行政が作ったような場所でもなんでもなくて、自分らで作ってこつこつと暮らしていく、みたいな(笑)、そこに住んでるような雰囲気のある、そこになんか人がうごめいている、みたいな場所になることが、地域活性にいいことかな、と思っています。「将来のぼくらの生活のありかたみたいなもの」を考える上で、かってのいわゆるお金中心の考え方じゃなしに、「せいかつをそこでする」、みたいな(笑)、そこの地域にあるものを活用して、それぞれが生活して動いている、みたいな局面をできる範囲で増やすみたいなことをやっていけば、なんとなくその地域は、生きている、という地域になるんちゃうかなあと思っています。
できるだけ今までの行政の作ったプロジェクト、取り組みじゃなしに、それぞれそこにいる人が、なんやかんややっている、そういうところになったらいい、と思いますんで、特別にこう、こんなんだ!、といえるものはないんですけど(笑)、そんなかんじでこれからも続けていきたいなあ、と思っています。
「くらし」という言葉がホームページに出ていたと思いますけど、例えば「生産」する、「加工」する、あるいは「技術をあげる」ということも当然含まれるんですけど、自分の「くらし」というものをもう少し手作りで作っていくことが、今の時代の中で、望まれていることと違うんかな?みんながそういうことを望んでるとちがうかなあ?と僕自身は思っています。で、農業の技術だけを集中的に習得するというのが目的なんじゃなくて、いかに自分の生活を自分で作っていくか。そういうことをバランス的にもう少し増やしていったら、気持ち的に楽しくなるんちゃうかなと感じるんです。何かを作っている、作る、というプロセスって面白いと思うんですよね。なんかを作るというのは。
買うというのは、全然自分でできないものが手に入るということがあるんですけど、全部それになってしまうと、なんかそれを買うためにお金をもうけて、働いて、お金を得て、というサイクルの中にはまりこんでしまう。で、それってほんとに豊かといえるんかな?と。みんながおそらく心の中で、ぼーっと感じているんじゃないかなという感覚があるんです。で、バランスとして、もうすこし自分で作る楽しみみたいなものを生活の中に取り入れていくということが、今の社会のなかである意味贅沢、豊かさの象徴というか、そういうことが豊かさとして僕らは感じ始めているんじゃないかなあ、という思いがあって、それを中心に据えようよ、ということなんですよね。
で、できるだけ自分でやってみるというのがどっぽ村の基本になってくるんですが、次のステップとして専門的に大工の技術を磨こうとか、こういう職業で生きようというのが出てきます。それは、それぞれの方がそこでまた考えればいいんであって、それ以前の基本的な生活の、自分の納得のできる生活のあり方みたいなのを、考える場所の提供といっていいですね。
ほんでこっちはあんま教えないというか(笑)、教えるほどのものは僕らももってないし、有機農業のことだって、もっとたくさんいろんなことを自分でやって知ってはる人もいるわけですし、そういうのはそこへ行って教えてもらえば言いだけの話、僕らは、そういうことをトータルに時間の範囲内でやれるような、「場所」を作る。そういうふうに思っていただいたほうが、よくて、なんか特別な技術を教えるんだとか、なんかそこで特別なものが与えられるというようなところではないと、いうふうに考えてもらえればよいと(笑)思います。

松本さんの講演に対する、使い捨て時代を考える会会員の尾崎零さん(写真左)の応答です。
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尾崎さんは2008年に家の光協会から『自立能力ー保障なき時代をどう生きるか』という本を出版しています。日本有機農業研究会幹事でもあります。
■尾崎零さんの応答■
尾崎零と言います。僕は、ハードルは見ない、見ないようにする(一同笑)。見たら見るほどハードルがあがっていくもの。できる要素が見えなくなっていく。うちに来る研修生というのは今年8人いるけど、ほとんど非農家ですよ。去年は7人いたけど農家出身はいません。去年の7人のうち4人は就農しました。一人は亀岡です。
混乱を避けるために、基本的なことを簡単に言うと、農業後継者の問題と農家の後継者を分けないといけない。一緒にしちゃうと混乱する。僕がいる、能勢なんかは、梅田で車で1時間半で行けちゃうから、農家つがなくても食っていけちゃうわけ。それはその通りや。僕なんかもともと非農家出身で、新規就農のはしりやから、もう30年たちます。25年前から研修生受け入れているから、そのころの研修生は自分のところでさらに研修生を受け入れてやっている段階で、つながりがそれなりにできているわけです。
それは何故かと言うと、僕から言わしてみれば、やりたい農業をしているからや。他人から見たときに、ああいう農業ならやってみたいなあ、そう思わせないといけない。それが基本で、大規模だろうが小規模だろうが関係ないと思っています。やっている人らが、こんな農業ならやりたいなあ、と思わせたら人は来るはずです。だけどそういう農業が少ないから、結局心配ばかりになって、ハードルばかり見るようになって、自分でハードルをあげていく。やってる我々が、自分自身がやりたい農業を見つけてやっていけばおのずから道は開けるはずです。そうしたら集まってきた人が農業って、こんなふうにできるんだ、食えるんだなあと思うし。
松本さんが、なんとなく、おおざっぱに、とよくおっしゃってましたよね。そんなものでいいんです。そんなマニュアル的に事細かに決めたかって無理なんです。今年の春の寒さを誰が予想しましたか?ありえない。だけどなんとなく過ごしているわけです。地域の人がそんな雰囲気をかもし出していれば、マニュアル的に育ってきた世代まで、そんなに深刻に考え込まんでも、できるんちゃう?という気になってくるんですよね。うちは多分そうやと思うんですよ。うちは3反半ですから。3反半で飯はほんとに食えるの?と思ってみんな来るわけです。しかし食えるんです(笑)家も自分で僕はログハウス立てました。
だから要はやろうと思うかどうかです。一番大事なことは。みんな頭で分かっている、理解しているわけです。だけどほとんどの人は一歩踏み出さない。分かっていても一歩踏み出さない。でも極端に言えば、まあいいか、と思えば、一歩踏み出すわけです。でその一歩踏み出すことがどっぽ(独歩)に繋がっていくと思うんですね、それこそ。一歩を踏み出さなければ、どっぽ(独歩)にいかないですから。逆に「どっぷり」にいきます(一同笑) まず、そういう雰囲気かもしださないと。松本さんがさっきおっしゃっていましてけど、簡単ちゃうん?僕もそう思っていますよ(笑) やれば済む話なんです。
(吉永)



